あの人は、あなたのサックスの音で振り向いてくれますか?


講座主催者の脱力?プロフィールでございます。お読みいただければと。

「まるごとサックスの本」出版しました。

2013年11月25日青弓社より。本講座主催の私、岡野秀明はサックス人生30年の集大成としてその名も「まるごとサックス」について語った書籍「まるごとサックスの本」を刊行させていただきました。本書中にはこの90日講座以外のサックス奏法についての解説なども記載しております。ご興味があれば書店で手に取っていただければと思います。

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主催者名 : 岡野秀明(サックス初心者専門レッスンプロ、講座運営会社;株式会社コモンビーズ代表取締役)
生 年 : 1960年11月18日(ミッキー・マウスと同じ、歳は違うけど)
性 格 : 忘れっぽくて、間抜けで、小市民で、ちょっと真面目で、優しいおぢさんで、案外気前が良い??
縁があるもの : 音楽(ジャズ・クラシック)、ビール(キリン・サッポロ)、芋焼酎、焼き鳥、イカ刺、温泉、街歩き
縁がないもの : ギャンブル、格闘技、タバコ、マージャン、テレビ
目標とするアーティスト : ソニー・スティット、フィル・ウッズ、ジョルジュ・ロベール、アントニオ・ハート                                                 
座右の銘: 一期一会


わたくしの環境設定 2011/6~ 

17年ぶりにヴィンテージを封印。

instruments mouth piece  reed regatuer
alto saxophone   H.Selmer SA80  #3359**     (いわゆるシリーズ1です) Vandoren V16 A9s  WoodStone
#2half
Vandoren Optimum
soprano saxophone   Marcato Curved #668** selmer F rico royal 
#3 
rovner
tenor saxophone   Yamaha YTS62 

Vandoren V16 T9 

Lavoz M Selmer old
flute  Muramatsu DN-RC C-foot      -----    -----      -----



~生い立ちと楽器遍歴~

大阪府池田市にある丁田池にヘラ鮒の子(?)として生まれる。そのくらい小学生時代は近所の池で釣りばかり。
小学四年のとき、大阪音大に勤務している親類からピアノを譲ってもらうことになり、
隣家の幼稚園の先生にバイエルを習い始める。

中学二年のとき、父親に「お前、笛を吹け!」と言われフルートを京都市交響楽団の川瀬瑩公(エイコウ)先生に師事。

◆はじめての管楽器→ YAMAHA YFL-23
高校三年のとき芸大に行きたくなり父親になけなしの金を出させ笛をグレードアップさせる。

◆二番目の管楽器→ Muramatsu DN-RC #15***

二人目のフルートの先生がスモーカーだったため、「レッスン中にタバコを吸うな」といいクビになる。
芸大に行ける様な才能は持ち合わせているわけはないので玉砕する。
新聞販売店員として就職する。どマイナーになり、大学受験を志す。このころからフュージョンミュージック
(当時はクロスオーバーと言われていました)を聴くようになり、本多俊之氏 に憧れる。

本多氏がいるという理由だけで成蹊大学を受験して謎の入学を果たす。
入学式当日にジャズ研(MJG:モダンジャズグループ)の扉を叩き本多氏を訪ねるが、
その年に卒業されていることを知り愕然とする。

先輩にフルートは音が小さいから、サックスをやるように命じられる。
ラッキーサマーレディという曲が流行ったのでモテるかもしれないと思い伊東毅(今はタケシ)氏のマネをするため、
なぜか明治学院の先輩にテナーを借りて吹き始める。

◆はじめてのサックス→ YAMAHA YTS-23

「夕日のテナーライダー」と粋がってソフトケースを背負ったままバイクですっ転び、人の楽器を御釈迦にする。

吹くサックスがないのでソプラノを下倉クレジットで購入
(ソプラノの名手;本多氏が忘れられなかったため)

◆二番目のサックス→ YANAGISAWA Elimona S-800


大学2年の時、ジョン・コルトレーン以外は認めないテナーの先輩に渋谷のユニオン楽器に連れて行かれ
H.SelmerのMarkⅥシルバープレートアルトに出会う。

◆三番目のサックス→ 仏セルマー#80***

この楽器、素晴らしく【抜ける】楽器であったが、オーバーホールが必要なほどガタがきていた。
ところが「前オーナーが本多俊之氏に貸したことがある名器だ」との逸話を店主に聞いたため、
家賃を滞納して泣きながら17万円で購入する。今考えると破格である。

ラテンフュージョンが流行り、モテたくて(くどい)、マリーン風ヴォーカルをフューチャーした
フュージョンバンドToropico(トロピコ)を結成。

日本のバーニー・ケッセルと異名をとる先輩(現在は札幌で活躍中のギタリスト滝川裕三氏)に
本当の4ビートジャズの良さを教えられ、あっさりBe-bop(ビ・バップ)に転向する。
伝説のバップバンド△6(メジャーシックス)のメンバーとしてパーカーになりきり「チュニジアの夜」の
ピックアップソロで一度だけ喝采を浴び、日本の80年代第2期ジャズ黄金時代を謳歌した気になる。

大学3年のとき、モテたくて(いいかげんにしろ)スキーを始める(なんで?)。
アルトがメインになりつつあったのでソプラノをジャズライフ誌の「売りたし・買いたし」に出品し、
三鷹駅前に現れたブローカーにたった7万で売り渡す。
(ミュージシャンの風上にも置けないやつである)

ソプラノがFISHERの板に化ける。スキーが上手くならなかったので板を高田馬場の質スズヤに持ち込む。
(なにやってんだ俺は!?)

シルバープレートの異臭に耐え切れず(「酸っぱいサックス」とあだ名がついていた)、またもやジャズライフ誌の
「売りたし・買いたし」に出品、神戸の郵便局にお勤めの方の手に渡る。

楽器がピカピカで酸っぱい臭いがしなければモテると思い、
シルバープレートの売り代を頭金にあてがいアルトの新品をこれまたローンで購入。
(でもモテませんでした←しつこいねえキミ!)

◆四番目のサックス→ H.Selmer SA-80 #3359**

1984年、卒業して華の広告代理店に入社する。予想に反する業務ばかりなのでバンド活動に精を出す。

△6はメンバーの交代も何度かあったが細々と続けていたため、
会社の友人リンクでブルースバンドのホーンセクションに声がかかる。

これまた80年代伝説のエクストラホワイトブルースバンドで、
ルイ・ジョーダン、エディ・ビンソンといった人たちの真似をさせられる。
結構このバンドは楽しませてもらいました(感謝)。

このころ 高円寺JIROKICHI、渋谷クロコダイル やなどでライブ活動に没頭。
しかし、メンバーが家庭を持ち始め(自分も)徐々に活動も縮小する。

サックスを勉強し直すためホット・ミュージックスクール入学。今泉裕氏に師事。
このころはもうバップ命になっていたので教材はCharlie Parker Omni Bookオンリーでした。
毎回最終時間のレッスンなので、先生と駒忠浅草橋店で飲み明かす。
(アテは、紋甲イカのゲソ焼きばっかり。)

ライブハウスめぐりを始める。
この時、自分の理想とするアドリブソロを紡ぎ出す山田穣氏にハマる。
無理やり個人レッスンをせがみ、彼のアドリブラインの作り方を聞き出す。

1994年、渋谷の楽器店グランツでド・ヴィンテージの洗礼を受ける。

◆五番目のサックス →American Selmer Super Balanced Action #51*** をカミサンに土下座して買う。



~どっぷりの音楽活動とある転機~

1995年頃、様々なミュージシャンの方のライブに乱入したり、キングレコードのレコーディングに押しかけたりして
顰蹙を買いつつ、都内ライブハウスでセッションを重ねる。

都内ライブハウスのセッションではドラムの小林陽一氏やギターの岡安芳明氏は
温かく笑って4バースに応じてくださいました。(本当にありがとうございました)


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は【都内セッションパーティ】にて。
サックスは講座主催者、ギターは先の滝川裕三氏。

1996年、会社に納得が行かなくなり、あっさり転職し同僚にあきれ返られる。
(みなさん、転職は慎重にね!)


自分のサックスの音にも納得がいかなくなり、
「説得力のある音を出す」ことを身上とする 山中良之氏に入門する。
ダブルリップ奏法、循環呼吸、徹底的なサブトーンのコーチなど3年間師事し音づくりに研鑽を重ねる。

2001年、娘が児童合唱団に入団し主催者の方に「楽器をやるならご一緒に」といって頂き、
団専属のフルート、サックスプレイヤーになる。

合唱団にオブリガートで参加するには音の基本を立て直す必要があると奮起し モイーズ・ソノリテを引っ張り出し、
フルートをムラマツレッスンセンターの大住修二氏に入門し基礎を浚い直す。

合唱団が思いのほか(失礼)評判がよく、全国ジュニアコーラスフェスティバルで横須賀芸術劇場出場。
このとき《あおぞら賞》を受賞。

またRIジャパン(国際難民奉仕会)主催JR東京駅丸の内北口ドーム
<チャリティ・クリスマス・エキコンサート>には3年連続出演。

さらに東京藝術大学奏楽堂創立記念演奏会など信じられないステージで演奏する機会に恵まれる。
「やった、芸大入った!」と喜ぶ(敷地に入ったのね)。



2002年、合唱団の歌の伴奏用に書いたフルートのオブリガードラインを芸大卒の合唱指揮の先生に認められ
(よく見るとバップフレーズだった)青少年合唱団の教育用CDのレコーディングに参加。
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(写真はキングレコード関口台スタジオ)

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ピアニストは出張演奏で、よく共演する木村裕平氏



このCDは、クラシック音楽の殿堂「グラモフォンレーベル」
(全日本合唱普及会、ユニバーサルミュージック)よりリリースされる。

2004年~2007年。
どういうわけか転職した先の代取となるが、
音楽活動も止められるわけはなく、昔の仲間やフリーのピアニストとともにレストラン
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(写真は代官山 カーディナスオーシャンクラブでのライブ )
イベント会場、各種パーティや老人ホーム、養護施設などへの慰問演奏など、
ジャズに限らず(ディ●ニーナンバー、童謡まで対応)出張演奏などで活動。


2004年の終わりごろ、ある施設で「スターダスト」を演奏したとき、最前列で聴いていらしたおじいさんが、
頬に涙を一筋こうおっしゃいました。

『生きていると良いことがあるね。良い音が聴けるんだね、どうもありがとう』

このことばをキッカケに、私はアマチュアのミュージシャンでも
【サックスを通して人を感動させることが出来る人を増やす活動を生涯の目標にしよう】
と思い立ったのです。


そしてサックスを始めたものの、壁を感じている人のための情報サイト「サックス吹きなサイト」を開設、
3年間にわたって、アマチュアミュージシャンの共通する悩みを
【ホームページ掲示板】と【無料メールお悩み相談】でお受けしてきました。

またレッスンプロとして同時に都内で「サックス初心者クリニック」を開催し、単発クリニックから継続レッスンを、
高校生からご高齢の初心者の方のために丁寧に行なって来ました。
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<生徒さんは累計80名。現在も継続しています。>

構想・執筆・編集に3年3カ月、
そして2007年・・・・完成したのがこの教材です。
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